楽しみあれば、辛くともやれる仕事がある

機械に抗うことから始まった内製化。
極小ロット、多品種は手作業でしか出来ない。

現代の技術をもってすれば、何でも作れるし、できないことはない。印刷の世界でも同様で、技術の進歩によって空気以外は何でも印刷できるといわれている。わが国では手刷り木版画が唯一の印刷手段だった。その時代の原版「版木」はノミで彫られた手作業の代物である。この時代の「版木」の実物に遭遇した誰もが繊細で緻密な版面をみて驚嘆の声をあげる。果たしてこれは「作品」だったのか、いや、そうではなく職人の生業の中の成果物であったはずだ。つまり全身全霊を指先に集中して彫った「刷版」である。今の時代、ハイテクを駆使すれば、容易に同じような版木を再生できるだろうが、あじわいあるモノにはならない。カタチは似ていても非なるモノでしかない、いわゆるデジタルでプログラムされた形状は、作り手の意思に勝ることはないのだ。

亜鉛版などの金属版やCTP樹脂版だけは、内製化で対応できない。したがって、何日かの時間と相応の経費も余分にかかることになり、ローテクを売りにしながら、全てを賄えないことに忸怩たる思いは消えない。いくら手を尽くしたくても、材料が途切れたりすれば適わないことになるからだ。昔のメーカーは企業責任として代替機、あるいは代替品の案内もなく、突然供給をやめることはなかったと思うが、最近は「お知らせ」という一方的通告で終了する。非効率を切り捨てるのに躊躇などあろうはずもない。
こんな時代にあって、いま私たちに出来ることは、限られた材料の中で最善の選択をすることで、シンプル構造の活版印刷に合うローテクでつくり出される「印刷版」こそ、スロープリンティングにふさわしいと思っている。

「版」はできるだけアナログ式にこだわりたい。
シンプルな活版印刷ゆえに。

1970年代初め、まだまだ多く活版印刷が残っていた時代、活字に代わる版素として「樹脂版」が普及した。活字をホットタイプと呼び、対して樹脂版はネガ露光と水現像だけで出来るのでコールドタイプと言われ、自家製版が出来ることから重宝された。しかし、その後印刷業界はオフセット印刷へのシフトにより、活版凸版印刷用の需要が激減した。それから40年経ち、再び若干の需要が戻ってきたものの、時はデジタル時代となっており、樹脂版製版機はシール、フレキソ用として残っているだけになっている。

活版印刷の「版」作りにはネガフィルムが必要とする。近年、印刷の主流オフセットでも殆どCTP化されてフィルム需要が激減した。当社もイメージセッターの維持が困難になり廃棄した。今はネガだけだが、代替出力としてサーマルプリンターを使用している。しかし、原稿の種類や内容によって銀塩式のほうが適しているものもあり、品質とコストの狭間で判断がつかずに迷うことも度々だ。また、版材では亜鉛板の国産凸版材がなく、海外に全量依存しているそうで、これも需要が落ちているためだが、そもそも亜鉛凸版製版機であるその腐食機自体、活版印刷機と同様に年代物ばかりとなった今、露と化すのは時代の流れかも知れない。一日でも長く使いたい版材だが、樹脂版を代替とするのも悪くなく、特にディープタイプなどは硬度もあってあらゆる用紙に適合する。残念なのはこれもまた、輸入品であることである。活版印刷を続けていく条件の大きな柱がこれでは心許ないが、これも現実の一端である。

PAGE TOP