本当に必要なものだけで全ては満たされる

フルカラーが氾濫する色鮮やかな時代にあって
なぜ今、シンプルな活版印刷なのか。

世界三大発明のひとつ「活版印刷術」は、ドイツのグーテンベルグが15世紀半ばに考案したとされます。言葉を文字として伝える手段として画期的な手段であり、この技術を使って出版された新約聖書の普及は、ルターの宗教改革を支えた最大の武器となった。あたかも時は大航海時代、活版印刷は海を渡り世界中を席巻することになるが、日本においては戦国時代であり、キリシタン禁止令も影響して普及することもなかった。その後、ようやく開国とともに日本語活字鋳造もすすみ、活版印刷はそれ以後、紙媒体の情報伝達手段として100年の長きに亘り生きながらえてきたが、その役割は完全に終えた。
現在、情報印刷の主流はオフセット印刷だが、かつての必須だった写真製版は不要となり、さらにデータからダイレクトに刷版を作るCTPとなって、品質は格段にグレードアップした。
また、軽印刷といわれた少部数のジャンルでは、プリンタやコピー機が全盛で、いつでもどこからでも印刷でき、しかもカラー印刷が標準という時代となった。
一方、活版印刷は廃れて久しいものがあり、「活版」「活字」などが死語となる日も遠くないと思われる。それが確かな事実としても、決して「活版印刷」はその任を終えたわけではない。
まして歴史的遺産でもなく、印刷のひとつのカテゴリーとして、細々だが、今も可動している印刷術のひとつである。

商業印刷や事務印刷を支えるオフセット印刷、プラスチックや金属などへの印刷はスクリーン、その他にシール印刷やフレキソ印刷など用途に合わせて様々な印刷方法がある。また、簡易な印刷という位置づけでインクジェットやデジタル印刷などもあって非常に多様化している。
それでは「活版印刷」がどんな立ち位置にあるのだろうかと考えてみれば、端物印刷の中のごく一部を担っているに過ぎない。それは名刺やカード類だけであり、しかもそれは1色か2色刷、せいぜい3色程度のモノカラー表現でシンプルなものだ。フルカラーが当たり前の現在にあって少し不思議感を覚える。
それでもあえて活版印刷にこだわる人がいるのはなぜか。実は、活版のデザインが難しいからだと思う。その表現域は白と黒だけの2値であり、中間濃度がない「線画」である。これはまさにシンプルの極限というほかない。デザインの基本である『Less is More』を知るクリエーターはこれに飽くなきトライを試みる。活版にこだわる理由のひとつである。
また、印刷原理がシンプルであることも魅力的だ。常に掠れを意識した印刷作業を強いられ、紙の種類にもよるが、仕上がりが不安定になりがちなのに、それが支持されるのは、均質化された時代への反発かも知れない。人によっては「温もり」と表現するが、活版の印刷物は、他の印刷物と違って感じるのはそのせいかも知れない。

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