活版ロード ブログ

非印刷用紙の印刷

裏2色と表1色刷で5千枚、耳付の手漉き用紙を持ち込む「刷り込み」案件である。

10年ほど前に、同じ案件があり金額を呈示したが、注文数は確か1千数百枚だったと思う。当時「耳付き」手漉き紙をどうやって印刷できるのかさんざん考えたが、結局、千枚余りなら力技でやるしかないと判断した。さらにオフセット印刷以外の印刷方法も視野に「金額」を何とか算出したが、正直なところ「引き受けたくない」印刷物だった。この時は幸いにも手フートー機を持つ同業者が積極的に手をあげてくれて、「活版(凸版)」印刷として受注されて安堵したし、その後も毎年受注されていると思っていた。ところがそうではなくて、どこの業者からもたらい回し拒否されて、それで今年、弊社に相談を持ちかけられた。

 

今回、弊社は小型手フートー機を持ち合わせていたので、早速、試しにサンプルに近い絵柄で樹脂板をつくり、厚手のコットン紙で印刷してみた。テストは上々だったので、発注者に見積書とその印刷見本を届けるとすぐに発注された。その際「この見積金額はかなり無理されたようですが大丈夫ですか」と言われたので、「ん?」と思った。

 

その後、刷り込みの紙が届けられたが、それを見て驚愕!

いくら耳付き用紙とはいえ、サイズが5ミリ以上もばらつき、用紙角もマチマチの劣悪用紙、しかも反りがS字やU字型になって半端ない。そして決定的な問題は用紙厚である。1枚の用紙の箇所の厚みが0.4ミリから1.4ミリまでの波状化して、活版が最適方法とはいえ対応できる範疇を大きく超えている。

加えて紙漉の糊強度が足りず、手で触るだけで紙剝けが起きて紙粉が舞う。とても印刷できる紙ではなく、いわゆる『非印刷用紙』である。

 

おそらく一度でも請け負った業者は、大変な労力を要したことは想像に難くなく、ギブアップ寸前だったことも、インキが乳化、地汚れと浮き汚れだらけの昨年のサンプルをみれば明らかだった。

 

私たちの考えが甘かったと後悔するも後の祭り。やるしかない。

しかし、持ち込まれた手漉用紙の欠陥を補う術はどう考えてもない。それでも手フートーで十枚あまり試刷をしてみたが、品質的に印刷ムラが酷く、反りが大きすぎて用紙をセットできず、これでは作業にならない。

そうなると後はハイデルのプラテンで刷るしか方法はないが、さりとて耳付で不揃いな用紙では給紙ができるわけもなく、これをクリアしてはじめて印刷品質云々の話なのである。

ない知恵を絞った結果、手差し給紙を思いつくが、機械速度を最低にしても速分速30枚にもなり、到底、動作がついていかないし、この速度で波打った用紙をコンスタントに送り出すことは不可能に近い。さらに、「胴刷り」「インキ供給ムラ」のトラブルも当然起こりうるのでもう一工夫が必要とした。

いくら考えても無理としか思えずギブアップも脳裏をかすめたが、それでは発注者に信義にもとるわけで進退極まった。

 

ところが火事場の馬鹿力ではないが、苦しんだ挙句に妙案が浮かぶものである。ハイデルプラテンの構造をして活版の原点に立ち戻ることで、給紙、インキの安定供給など諸問題解決できる見通しが一挙にできて、テスト刷りも成功し、本刷りへと進んだ。

 

それでも製版のやり直しも含めて一万五千通しの印刷には二人掛かりで丸6日間を要した。

私たちにはこうした採算度外視の仕事はけっこう多く、これも家内制手工業の宿命かと思っているが、粘りと根気と力技だけが取り柄とする印刷工房の存在価値を自ら知った。

関連記事一覧

PAGE TOP